保護者専用

ぼうさい

7月。各学級で1時間,「ぼうさい」について考える授業を行いました。

もう1年前になりますが,昨年6月18日の大阪北部地震の日の朝のできごとを振り返りました。

特に,家を出発して,学校に着くまでの間に地震に遭遇した人たち。電車やバス,歩いている途中の人たちは,たいへん怖い思いをしたようです。

でも,附天のみんなは落ち着いて,正しい判断ができていました。

電車,バス,駅の人,近くの頼れるおとなの人たちの話を聞いて,速やかに安全な場所へ避難できました。避難するために,線路の上を歩くといった体験をした人もいました。

話は遡り,2年生のみんなが生まれる少し前。この日本でとても大きな災害がありました。

2011年3月11日の午後2時46分。東日本大震災です。

たくさんの人たちが尊い生命をなくしました。

ここでは,授業者が数年前に宮城の閖上地区を取材したときの話をしました。

閖上地区。震災前は日本有数の漁港。たくさんの船が停泊する港町でした。震災によって大きな被害を受けました。今では,一面,草が生い茂る荒れ地。タクシーのドライバーさんから当時のお話を伺ったのですが,学校の2階の高さまで津波が押し寄せたそうです。校舎だけはまだ残っています。2階までは,津波の影響でガラスが割れ,壁はどろどろ。教室は完全に壊れていました。しかし,3階は影響なく,3階に避難した人は助かったそうです。ただ,2時46分ということで,5時間めで授業が終わり,下校中の子どもは被害を受けたとのこと。この話を伺った時は,胸が締め付けられる思いがしました。

まずは,「安全な場所へ避難する」ということがどれだけたいせつなことか。

また,東日本の場合は,避難後,家の人,親戚,知人と再会できるまで,数日を要しました。

安全な場所へ避難したあとも,なんとか自分の生命を守り,時間を過ごすことが必要です。

何が必要か。「明かり」「布団」など意見もありましたが,まず,必要なのは,「水」「食料」だということをみんなで考えました。

このような災害は,大阪でも起きうる。それに備えることがたいせつだ,と子どもたちは考えていました。

 

 

 

 

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