12.18 「ドアノブ」
4年生
お知らせ ・明日テストがあります。 国語 「友情のかべ新聞」(全クラス) 算数 「式と計算」(1・3組) |
<国語の学習>
今日の国語の学習では、お話を聞いて、お話の内容を推理するといったものでした。
推理するためには、先生の範読をよく聞く必要がありますいつも以上に、静かに耳を澄ませて聴こうとしていました。
推理するときは、必ず理由をつけて♪ この理由にそれぞれの”読み”が現れますね。
<社会の学習の様子>
鑑賞タイム♪(3組ver.)
さて、
みなさんの生活動線上に「ドアノブ」は、ありますか。
きっと、多くの方が経験したことがある話です。
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扉には様々なタイプはあるが、”向こう側が見えない”タイプの扉での出来事だった。
私は考え事をしながら、どこか進行方向をあやふやにしながら扉に向かっていた。
左手には資料をもち、表情からは想像できないほど、頭の中がいそがしかった。
扉まであと数メートル。
そのとき、
忘れ物に気付き、自分の席に荷物を取りに戻った。
こんなことは、私にとって珍しくない。
ふんどしを締め直して、また扉に向かった。
また、頭の中は、クリスマスのサンタよりいそがしい。
そんななか、歩を進めた。
1歩、2歩、3歩、4歩、、、、
17歩ぐらいだろうか。
歩数を数えることなく、扉の前に着いた。
日頃から”扉の前に着いたなぁ”なんて、わざわざ考える人はいないだろう。
それぐらい無意識な時間であり、日常すぎるから。
そして、ドアノブに右手をかけた。
フワッ
その瞬間、私の頭がエラーを起こした。
その原因は、明白。
ドアノブがいつもより、軽かったのだ。
それは、まるでタンポポの綿毛のよう。
それはそれは、まるでシャボン玉のよう。
私は、あまりの軽さに驚くとともに、左手の資料を落とした。
人間はエラーに弱いんだなと学びを頭の中の引き出しに片付けながら、何が起きたかを整理する。
まさに、師走 -。
すると扉の向こうに、同じ表情をした人が立っていた。
もうお分かりだろう。
扉のこちら側にいるわたしと
扉の向こう側にいるその人が
同時にドアノブを握り、回したのだ。
これが私の頭のエラーの原因だ、そして”奇跡”のタイミングだ。
確率にするとどれぐらいのだろう。
考えたこともないし、考えたくもない。
そのあと、私とその人のには、なんとも言えない時間が流れる。
「えっ。」
「びっくりしましたね。」
「そうですね。」
これが精一杯のキャッチボールだろう。
これ以上のキャッチボールができる人は、メジャーリーガーだ。
どちらが先にその扉を越えるかどうかの譲り合いが続き、困惑の気持ちが反響する。
その反響が
芸人のアンガールズさんの「ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ~、、、、、」のやりとりを思い出させてくる。
どちらが先に扉を越えるのか、どこの法律にもマナー本には載っていない。
登山における「登り優先」のように、
優先順位の目安を誰かが示してくれると、楽なのになぁと感じた。
そんな無茶で必要のない願いを胸に片付けた。
通行を優先して、歩き始めた私の右手には、とても不思議な感覚が残った。
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子どもたちの周りには、さまざまな扉があります。
1人では開けにくい扉もあれば、今の力じゃ開けられない扉もあると思います。
思春期の入口に立つこの子たちだからこそ、だれかの力を借りて、扉を開けられることも知る時期なのかもしれません。
友の力を借りることで、思わぬ世界に導かれることもあれば、
保護者の方の力を借りることで、勇気をもてることもあります。
わたしたち、教員も、子どもたちがいつドアノブを握るのかを見逃さないようにしたいと思います。
~ 今日の一言 ~
こちら。